ツインズパパと祭りのあと。

鬱と育児と仕事の日々。

近所の父子家庭、その後。

小学校2年生長男の同級生の女の子。
保育園の妹2人がいる父子家庭3人姉妹。
母親との離婚理由等は不明、近くに頼れる祖父母はいないらしい。

今現在、毎朝、担任の先生からのモーニングコールで起床し、
体育の授業に参加できるよう、学校で体操服と給食エプロンを洗っているそうだ。

うちの長男も朝7時過ぎには登校するので、その登校班に遅れず早起きすることが一番つらいらしい。
宿題が出来ずに叱られる日が続いて、学校に行きたくないとまでなり始めたところで、
方針を変え放課後学童保育に担任の先生が出向いて一緒に勉強をすることを毎日しているそうだ。
20代後半の女性担任に頭が下がる。
父親は周りに迷惑をかけたくないと言って、SOSを発することを避けている。

個人面談の時に、部外秘の個人情報をここまで漏らしても良いのかとは思うが、先生自身も対応の苦悩があるのだろう。
同じ地区で同級生という立場なので知ってしまったことではあるが、まだ保護者の噂になるレベルではないのが救いだ。

妻は、子どもたちが夕食を食べにくることくらいの援助はしたいというけれど、
手を差し伸べて、やっぱり無理でしたと途中で手を引くことほど残酷なことはないので、
ためらわれて躊躇している。

冷静に考えて、今後5年間、持ち上がりで同じ担任が続くことはなく、
かつ父親の置かれた厳しい状況、幼い妹がいて犠牲にならざるを得ない長女。
今現在の無力さがつづいても、数年後にそれが前向きな気持ちに変わり得るのか。
精神成長期の適齢時期というものはあるので、それを逃せば難しいだろう。
中学、高校と成長を見越せば、部外者的な見方で酷かもしれないが、
手を入れてくれる身近な近親者がいなのであれば、
養護施設に入って規則正しい生活習慣を身につけ、週末は父親に会う形の方が、
親にとっても子にとっても、限られた選択肢の中では最善の策であるように思う。
20代の頃、ボランティアで養護施設に出入りしていた私は、そう思う。

ただし部外者としての見方と別離を伴う肉親者としての見方は相反するからつらいけど。

同級生の一周忌。

昨年の夏に心臓発作で亡くなった同級生が一周忌。
母がお参りに行くと言うのでお供え物を職場から送った。

彼は一人っ子で、離婚して3人の子どもたちには幼かった頃以来ずっと会わず。
奥さんが再婚していないので、彼の親は自分たちが祖父母だとは言わず親戚のおじさんとして孫を遊びや旅行に連れて行っていたそうだ。
お葬式のときにようやく、この人がお父さんなんだよと当時中学生の長男に明かせたそう。

彼とは小学校から一緒だったので、山に川に親同士も一緒に出かけた思い出がある。

躁鬱病もあって仕事が続かず転職ばかりで親にも妻子にもずっと苦労をかけた彼。
あとはみんなが幸せになってほしいな。

ツインズ二男の療育と三男の広がりのなさ。

今月の中旬にツインズ二男の療育センターでの面談がある。

最近は二男は自分の思いを言葉にするだけでなく、
こんな風に考えてた?と相手の気持ちを図ろうとする様子がよく見られて、
4歳になったんだなと実感。

折り紙の折り方やはさみの使い方もまだ未熟ではあるけれど、何にでも興味を持ってやりたがる。
ただ持続性は足りないので、多動的にすぐにフラフラとなるけどね。

二男は自分の興味関心がしっかりしているので、その点は安心している。
ただ三男のやりたいことが乏しくて、一向に興味の広がりがない。

先日、久しぶりに幼稚園までお迎えに行ったら、園庭での友だちとの関わり方も、二男は双方向でおしゃべりが弾み、三男は一方通行で年長さんから嫌がられる。

三男の消極性と別離の不安感、抽象的な思考(言葉の遊び、迷路の先読み等)や抽象語の乏しさ、声が大きいこと、車の気配に気付きづらいこと。
聞こえの面を疑う。

おもちゃの扱いも教えればわかるけど、見て真似ることが難しい。
中学高校で勉強ついていけるかなと本気で心配している。
愛嬌はあるのだけどね。

長男は放っておいても器用に出来る子なので、男3兄弟それぞれです。

友だちが遊びに来るらしい。

先日は仕事から帰宅したら、着替える時間もなく、近所の3家族との花火にかり出され。

休日も子ども会と自治会のイベント運営で近所の会長さんからの相談があり、下見や運営の問題点を検討。

今日の話では、長男が友だち宅によく遊びに出かけるので、今度はウチに来るらしい⁈
しかも私の休みの日に?ちょうどその日は妻のPTA会議がある日だった。
DSばかりする子どもたちは嫌なので、仕方ないから友だちも一緒にどこかの広い公園に連れ出すつもり。

子どもが小学生になると、近所での親の関わりも濃厚さが増すばかり。
メリットもあれば、義理もあり…ね。

ちょっと通勤がきつくなりはじめ。演奏会。

出勤で駅のホームに立つと、ズンと体が重くなる。
朝起きて、子どもたちの朝食の準備はできるから不思議なものだ。

ここ数日は帰宅が終電前になることが続いていて、朝しか会話の時間がなかったりする。

昨日は休みで、午前中に義父をショートステイに送り出したあと、二手に分かれてツインズとパパは公園で遊び、長男とママは靴の買い物。

簡単におにぎりのお昼を済ませて長男は友だち宅に遊び行き、ツインズと親は子ども向けの演奏会に参加した。
ふだんは音楽とはあまり縁のない生活をしているので、ツインズがオーケストラの生演奏を見るのは初めて。

演奏の終わった帰りにはツインズ二男はチェロやバイオリン、オーボエ、シンバルなどにも触らせてもらい、三男は歌のお姉さんとハイタッチ。

もともと二男は音楽が好きだけどフラフラと集中力が続かず、三男は今まで全く興味を示さなかったので、途中退場を覚悟していたけど、最後は一緒に拍手して次もまた行きたいと、うれしい驚きだった。

楽器のある日常は気持ちの余裕が感じられるから、演奏を聴くたびにそうありたいなと思うのだけど、妻も私ももう全くピアノに触らないし、つくづく親の時間と気持ちの余裕は大切だと思う。

15時頃からは私が熱中症ぽく体のきつさと鈍痛がひどくなったので夕方まで寝ていた。起きても頭痛がして、ちょっとつらいけど。

昨日は一人で帰省。

仕事を終えた夜、実家に帰った。
弟が炊いた堅いご飯に冷蔵庫から出した餃子を焼いて晩御飯。

テレビを消して窓から入る虫の音がかまびすしく、
風呂上りにコンビニにコーヒーを買い出しに行くと夜空の星も心持ち明るい気がする。
田舎のコンビニなのに、こんな時間帯に4人体制かとちょっと驚いた。

朝起きて朝食を済ませたら、母を迎えるべく実家の部屋と外回りを掃除。
途中、たずねてきた近所のおじさんやおばさん、パンと母の着替えを持ってきてくれた叔母と挨拶しながら、ゴミ袋3つ分。
洗濯物だけは父に干してもらったけど、あとでするからと言うばかりで有言不実行なので、目に付くところだけは片付けた。

お昼前に母のお見舞いに行って、バタバタと駅に送ってもらい帰宅して長男の習い事送迎。
入れ違いで広島の叔母がまた来てくれたみたい。

母は今日退院。
体力以外は元気になったので、しばらくは養生です。

昨日の休みはお見舞いに行かず。お話会。

母はだいぶ回復して歩行訓練もやっているみたい。
叔父や叔母から毎日のように報告電話があるので、私も安心している。

なので、昨日は小学校の地震避難・保護者迎え訓練と幼稚園の同窓会に長男が参加。

親は途中でスーパーの買い出しと私の皮膚科受診のみ。
疲れてお昼寝していたら、珍しくツインズも一緒に寝ていた。

ツインズ二男の怪我は眉毛の上がフランケンシュタインみたいになってる。8針くらい?
来週、抜糸予定。
ママが、当時長男がいれば、生の処置が見れたので勉強になっただろうと言うのだけど(洗浄方法や縫い方が特殊らしい)、私は直視ムリ。
映画ランボーで見た乱暴な縫い方しか知らない。
道具や機械の仕組みはいろいろと気になる方だけどね。

長男を散髪に連れて行って、夕食を済ませ夜はみんなで図書館の怖いお話会&お化け屋敷。
今までで一番怖かったらしい。

先月はツインズ二男は途中退場でしたが、この日は最後まで静かに聞けて、日々成長です。

母は退院の目処が立ち。今度は子どもたちが…。

昨日の深夜、実家に帰り、今朝、母のお見舞い。
まだ自力でトイレには行けないものの、お粥も全部食べ 、会話も普通にできるまで回復。
血液検査の結果も正常値に戻りつつあるので、ドクターからも今月中の退院の話が出た。

海外から一時帰国している広島の叔父叔母が来てくれたので実家のことは任せて、バタバタと帰宅。

昨日から2年生長男が熱を出したのでママと残して、帰省したのは私とツインズのみだった。
先日も妻は義父の介護があったので、子どもたちと私だけだった。

帰宅して夕食を食べて、過ごしやすくなった夕方にツインズを公園で遊ばせていたら、
二男が遊具からコンクリートに落ちて右目の眉毛あたりに4センチ近い裂傷。
抱っこした私も血だらけになりながら、連絡したかかりつけの病院では、看護婦さんが帰ったあとだったので、応急処置のみで明日の朝一の再受診となった。
傷口が大きいので、一人での処置はムリみたい。
傷跡も残るだろうが仕方がない。

そんな最中に長男は自宅で嘔吐するし、落ち着かない状況が続く。
母の重症感染症のこともあるので、一抹の不安はあるものの、多分アデノウィルスプール熱だろう。

今晩、妻はお店の給与計算で徹夜。

職場に連絡を入れたので、明日は出勤前に妻が形成外科、私が小児科に連れて行く。
顔を縫う処置はとても直視できそうにないので、二男は妻に任せる。

いろいろと立て続けに起きて、苦笑いしか出ない。
落ち着かないね…。

延命治療をどうするかと言われても。

夜21時半過ぎ、疲れて寝てしまっているときに父から電話。
病院から緊急時の延命治療をどうするかと家族の意向を再度確認されたそう。

この病気は原因がわかっても、有効な治療法と薬はないので日本での致死率は20%くらい、あとは体の免疫力と気力次第。

私にどうしたいかと問われ、
父の言う、本人の意思を確認して任せるって、母に言うことではないよと父には話した。

アルツハイマーで要介護5の寝たきりだった祖母のときとはちがうから。

ほっとして宣告。

昨日のお昼に叔母から電話があり病名がわかった。
ウイルス性の重症感染症だった。
血球貪食症候群とよく似た所見の出る重症感染症だそう。

意識不明に近い状態だったのが、一時笑顔も出たということで、ちょっとだけ安心。

ドクターからは、これで回復ではない場合もあるので、家族で話し合って覚悟もしておいてくださいと宣告があったらしい。

昨日は弟の誕生日だった。さすがに父も忘れていた。

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