ツインズパパと祭りのあと。

鬱と育児と仕事の日々。

Archive: 2011年03月

腰椎4番のとげ。あなたについて行きます!

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 02, 2011

腰の痛みもやわらぎ、ようやく前を向いて歩けるようになった。これも毎日の湿布とロキソニンと妻のマッサージと整骨院通いのおかげ。行きつけの整骨院のお兄ちゃんが、「痛いのは背骨の4番ですか?」と一言。整形外科医がレントゲンを見ながら指摘していた背骨の番号とぴったり。まだ若いのに触って分かるんだ、すごーいとびっくり。あなたについて行きます、私は!.。゚+.(・∀・)゚+.゚ブログ村 うつ病(鬱病)...

1歳11カ月の「まんま、すごーい!」

 03, 2011

今の彼のブームは、老婆のように腰に手を当て「こし、いたいいたい」。見たままのパパのまね。今日はピザのチラシを見つけて、「まんま、すごーい。まんま、すごいねぇ!」と大騒ぎ。増えていく語彙の獲得よりも、広告戦略の影響にパパが笑っていたら、「日清のCMを見て、カップヌードルが食べたくなる人の子ですから」とママが痛い一言。v( ̄∇ ̄)vブログ村 うつ病(鬱病)...

1時間の遅刻出勤。

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 05, 2011

以前の記事が痛いだのキツイだの自分の愚痴ばっかりで、読者の方にいらぬご心配や不快な思いをかけてはと、ここのところ、愚痴はやめて明るい話題を書いていたのですが、現実はそうはいかず、体調も悪いことばかり。すみません、以下、愚痴になります。昨日、一昨日と、朝は出勤の1時間半前には目が覚めるのですが、着替えもせずに、ヒーターの前で丸まって、「仕事行きたくない」と悶々としていました。腰はコルセットで痛みが抑...

幼児期の思い出。

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 07, 2011

「今日、公園でワンワンを追いかけたことも、パパと一緒のお風呂も、ママのおっぱいを飲んでねんねしたことも、3歳くらいまではみんな覚えていないなんて、なんだか哀しいね。」と、ママが言う。この子が今しあわせならば、それがこの子の性格として与えられるのだろうから、十分に楽しい思い出を作ってあげなきゃと、パパは思う。「この子は今しあわせなのかしら。」とママは子どもの寝顔を見てつぶやく。...

妻にヘルプコール。リスパダールを持ってきてもらう。

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 09, 2011

朝5時に目が覚めて、布団の中でごろごろ。今日は仕事に行きたくないわけではなかったのに、電車に乗って、思い出したくない過去の記憶に揺られていたら、急に全身に重りをつけたような倦怠感で、屈みこむ。職場についても、山のように積み上げてある今日の業務と午後から来店されるクレーマーさんへの対応に、軽くパニックになり。たまらず妻にヘルプコールをかけ、頓服のリスパダールを持ってきてもらう。これほど強い薬はもうい...

ブルガリアヨーグルトでゴパンを当てよう!

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 09, 2011

ゴパンが欲しい。お米でパンが焼けるホームベーカリー。お米は実家から貰い、かかるのは電気代だけ。パン好きな私にはたまらない懸賞です。...

感情が吹っ飛んだ。

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 11, 2011

人間の感情や生活、ひいては人の一生さえも、天災の前ではなんと無力でちっぽけなんだと思う。昨日は朝からリスパダールを飲んで、だるさに負けて一日が終わり、今日は薬を飲まず、焦りと不安でパニックになりそうな予期不安につぶされかけていた。そこへ地震と津波のニュースが頭へ飛び込み、感情が吹っ飛んだ。思えば、阪神大震災のとき、私はちょうど20歳になる前で、光るブラウン管を見つめながら、被災地に駆け付けたい思い...

日常の仕事に向かう自分を疑う。

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 14, 2011

3月12日(土)精神科通院。被災地の状況をテレビで見て、あまりのことに言葉が出ず。映像に気持ちが悪くなり、薬を飲んで寝逃げ。深夜4時に目が覚め、原発の爆発事故に愕然とする。3月13日(日)そのまま朝まで眠れず。被災者は助けが来ない中、2日間も眠れない夜を過ごしたんだと思い、日常の仕事に向かう自分を疑う。3月14日(月)私の地方のデパートでも、節電のために18時閉店かもとマネージャーから通達。関東や東北に...

向精神薬依存。薬漬け。

 20, 2011

結構、薬漬けだったりする私。抗うつ薬は、2種をミックスしてリミット近く、抗不安薬のワイパックスも毎日限度量いっぱい飲む。毎晩の睡眠薬と、たまにリスパダールも。これが当たり前だった日常から抜け出そうと、まずはワイパックスを抜いてみた。すると効果てきめん。仕事中、朝からそわそわした不安感と、緊張からくる口の渇きが止まらない。接客で考えずに口にしてしまう言葉の数々。夕方には肩が張って、書く文字がへなへな...

おばあちゃんの好きなものって何だったんだろう。祖母の死。

 23, 2011

今日は亡き祖母の初七日。話はさかのぼる。1週間前の17日に母方の祖母が亡くなった。その日の通夜で夜を明かし、翌18日、お葬式で送って、火葬、収骨と無事にすますことができた。孫の私が言うのも変だが、祖母は幸うすい人生だっただろうと思う。大正・昭和・平成と時代の重みを背負って腰を曲げ、小さな体がさらに小さく見えた、おばあちゃん。明治生まれの関白亭主に、おばあちゃんがいつも怒鳴られる姿を見てきた。孫が慕...

妻の両親の不和。

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 27, 2011

昨年末に自宅に戻り、よりを戻した妻の両親でしたが、お義母さんのイライラと口撃にお義父さんが耐えきれず、また別居するとの話が出ています。今度は、食堂があって安心して暮らせるシニアマンションに引っ越すと言い出したお義父さん。マンスリーマンションで一人暮らしすればいいと反対する息子(義弟)。お義父さんからの家賃援助がなくなると、私の給料だけでは暮らせないかもと青くなる利己的な私。でも、毎晩のケンカの様子を...

冷蔵庫の明かり。

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 31, 2011

ここのところ、23時前に帰宅する日々が続く。暗い部屋のなかで、何か食べるものはないかと冷蔵庫を開けば、明かりが溢れる。パソコンをつけても、軽く目を通すばかりでブログの更新も止まりがち。今日で3月も終わりだ。職場のフロアでは、50人中8人の異動。補充のない異動で人員は厳しい。いとこは、もうすぐ大学の入学式か。新しい社会人になる人もいるだろう、4月。別世界にいけたなら。腰を温めて、早く布団にもぐりたい。とも...