私の経歴その3。保育園を退職、4年後の現在。

【32歳4月、臨時職員として復職、そして退職】
正規職員として復職しても、すぐに皆と同じ業務をこなす自信がなかったので、
いずれ正規職員に戻る約束で、まずは短時間のアルバイトととして復職。
一日5時間勤務を1ヶ月続け、自信もついてきたので、
次は8時間に延ばしてもらおうと園長に面談すると、
病気をした人に責任ある仕事(子どもの命)は預けられない、
このまま臨時扱いで勤務時間も変えず、正規職に戻すつもりもないと
一切を拒否される。
約束がちがうと怒りがおさまらなかったがどうしようもなく退職する。
【32歳7月、ソフトウェア会社に若年トライアル雇用、解雇】
IT業界で働こうと4つの小さなソフトウェア会社の面接を受け
2社から内定をもらう。
待遇の良かった1社の3ヶ月間の若年トライアル雇用を受ける。
同期の経験1年の25歳くんと35歳のプログラマさんに置いて行かれないように
必死にがんばって、紙と鉛筆でひたすら仕様書を作成(研修)する毎日だった。
指導課長の教育は、わからないことがあっても自分で考えろと、
解答を教えてくれないどころか怒られて、圧迫面接ならぬ圧迫教育で、
声もよく聞きとれず困った。研修を受けている同じ部屋では、
毎日10人ずつのさらなる採用面接が並行してとられていた。
結果、プログラミングの力量は評価されたものの、
コミュニケーション能力がダメだからと、わずか1ヶ月で首を言い渡された。
悔しくて悔しくて帰り道端で大泣きした。
【32歳9月、百貨店の販売員として契約社員となる】
ハローワークに通う気力も失っていたが、妻が見つけてきてくれた仕事で、
仕方なく受けてみたら採用された。
この職場ではコミュニケーション能力を買われて、本当に皮肉だった。
勤続4年、現在に至る。よく辞めずに続けられたもんだ。
カテゴリのはじめに。の経歴がようやく完結。
この頃のことは、かなりトラウマになっていて、なかなか文章化できず、
ブログ開始から2年以上たってしまった。汗